カテゴリー「ビジョン(夢の実現)」の12件の記事

2009年1月21日 (水)

どうしたら、困っていない人を助けられるんだろう・・・

世の中には、困っている人がいます。

困っている人を助けるのは、ある意味、簡単だと思うのです。

なぜなら、困っている人は、全身から”困っている光線(ビーム)”を思いっきり放出しています^^;)たいがいの場合には・・・。観ていて、すぐ気が付くんです。分かり易いんです。

”困っていない人を、助けにくいこと”、が問題だと思うのです。

先ず、困っていない人は、困っている光線を出していませんので、周りの人の殆どは気が付きません・・・。さらに、小さな親切をすると、”大きなお世話”として、困っていない人本人から嫌われてしまいます。

本質的に、”困っていない人は、助けられない”、のかもしれません・・・。

そもそも困っていないのだから・・・、助けるなんて、なんて上から目線なんだろう・・・。そういうことかもしれません。

”助ける”とは、”助けられる人”がいて、初めて成立するんですね・・・。

そういえば、コミュニケーションは、送り手が成すのではなく、受け手がいて初めて成立する、というのと思えば同じことですよね・・・。

日々、精進デス^^;)・・・

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2009年1月 5日 (月)

”うれしい”と”たのしい”の違いは何か?

スゴイことを発見してしまった・・・!

子供がお月さまを発見したみたいに^^;)

それはっっ、じゃーんっ!(←線引くとこ違うっ)

”うれしい”と”たのしい”の違いだ。(もっと驚いてー)

”うれしい”とは、結果(事実)に対する感情だ。たとえば、「子供が手伝ってくれて”うれしい”」、「あなたに出会えて”うれしい”」ってな感じだ・・・。

でも”たのしい”は違う。Jinnsei_2 ”たのしい”とは、プロセスに対する感情だ。たとえば、「好きなことをやっているときが一番”たのしい”」、「あなたと過ごした毎日が”たのしかった”」みたいに、時間の概念が入るのだ・・・。

両者の共通項は、ともに「感謝の源になること」、「ココロの充足の源になること」だろう・・・。

とすれば、人としてもっとも幸せな人生とは、オギャーと生まれてから死ぬまでは”あぁーたのしかったー”と感じられ、死ぬ瞬間には”あぁーうれしいー”と感じられること、ということになる。

これって、すごく的を得ているように思う・・・。

人は、楽しいことしかできない。楽しいと感じられることを仕事にすること、逆に云えば、仕事が楽しければ人生は楽しい。

今日の僕って、なんか冴えてる?・・・

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2008年7月14日 (月)

壁を築いたり、橋を架けたり・・・^^;)

僕は、学校では土木工学の出身で、仕事では宅地造成をたくさんやってきました。思えば、ずいぶんと壁(土留め擁壁)をつくってきたもんだと感じます・・・。
その後、同じ会社の知的財産部門に移って、またもや壁(特許による参入障壁)をずいぶんつくってきました。

そろそろ、橋を架ける仕事がしたいです・・・^^;)

それは、TRIZであったり、ファシリテーションであったり・・・。
リソース(資源)が、生産設備にあった時代はもう終わったと思います。リソースは、いまや人の「頭の中」にあるのです。それと「心」と「肝」の中にも・・・^^;)
生産設備は、増設できますが、人の脳ミソは増やせませんよね~。
だから、ネットワーク化が進んでいるのでしょう。

だから、やっぱりできるだけ多くの人が渡れる橋を、架けてみたいのです・・・。

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2008年6月 6日 (金)

”ウツ病”の正体は・・・(2)

今、ウツ病に悩まされている人がこのブログを読んで下さっているかわかりませんが、自分の体験を書いた4月26日の記事に、書き忘れたことがあるので、補足させてください。

当時、僕はフラフラになって神経内科の病院に駆け込みました。そこでお医者さんはじっくりと僕の話を聴いてくれた後、こう云いました。

「半年ぐらいかかりますが、必ず治りますよ。風邪と同じですから・・・。薬を飲んでゆっくり休んで疲れをとれば、良くなります・・・」と。

僕は正直、半信半疑でした。というよりはっきり言えば、「薬なんかで治るわけがないだろう・・・。疲れをとれば治る?そんなことがあるわけないと思っていました。」

でも、お医者さんは言い続けます。
「しっかり元通りになりますから、まずはあれこれ考えず、体を休めてください」と繰り返すばかり・・・。
僕が想像していた”ウツ症状のカウンセリング”とは、大きく違うと感じました。想像していたのは、いろいろ具体的に心の持ち方とか、生活上のアドバイスをしてくれるものだと思っていたのです・・・。
そんな葛藤の中で感じたのです。元通りになった自分を想像してみても、「それはお坊さんのように、悟りを開いた境地になって、治らないけれどもそれを受け入れられるココロになるんだろうと。」 そう思わずにはいられませんでした・・・。

でも、結果として、予想は見事に外れてくれました。このお医者さんの云っていた通りでした。助けてもらって、とても感謝しています。

心境に変化があったこと、それが大きく影響していること、は事実です。以前の嫌いでしかたがなかった自分を少しだけ好きになったような気がしました。今になってからこそ云えますが、ウツ病とは僕にとって自分と向き合う時間を与えてくれた贈り物でした。

僕の身近にも、大病を患って後に見事に復帰した方がいますが、僕の目から見てもその人が病気の前後で(いい方向に)大きく変わったのを感じます。「覚悟」というのか、「潔さ」というのか、病気と向き合うことは、人生観を大きく変えるのだ、ということを学びました。

いま、もしウツ病で苦しんでいる方がおられましたら、僕からのアドバイスです。「ほんとうに、必ず治ります」(僕が云っても説得力ないですが・・・^^;)

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2008年6月 3日 (火)

組織と個の係わり方~キャリア・アンカー~

”キャリア・アンカー”という言葉があります。
図示したように、個における自分らしさの核となる部分を云うようです。Carrier_unchar

一方で、組織にも核となるもの(かつては、CI=コーポレーテッド・アイデンティティとも呼ばれていました。今ではDNAという言葉が近いでしょうか・・・)があります。
事業環境の変化に晒されながらも、守り続け、貫き通したい理念・信条・文化・風土・・・です。

日本の普通の会社において、社員の年功序列の金銭報酬や昇進昇格は遠い過去のものとなり、組織と個の双方ともが将来を模索していると思います。どんな存在意義を見いだせるか、どんな価値を創造できるか、どんな貢献をすれば満足できるか、といったことを自問自答し始めているように思います・・・。

答えは簡単ではありません。パラダイムは変化し続けています。大切なのは、”組織と個の双方が、相手の幸せを願った選択肢を出し続けること”、のように思います・・・。

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2008年5月30日 (金)

カフェゼミ・エントリー(2)

ビジネスパーソンとして、2度目の「カフェゼミ」に参加しました。カフェゼミは、様々な職域で働く現役社会人と、これから就職活動をすることになる大学生・大学院生とが、本音で語り合い、学びあう場で、僕はその企画趣旨に賛同しています。

さて今回、大学の知的財産学部・大学院に所属の学生さん6名とキャリアデザインをテーマに対話をしました。学生の皆さん、自分の近い将来について真剣に考える姿勢がひしひしと伝わってきました!

僕自身の20年前、社会人になるにあたっての不安と期待の入り混じったなんともいえない気持を懐かしく思い出しました・・・。

今思うと、期待よりはるかに不安の方が大きかったのをはっきり覚えています。何が不安だったかというと、いろいろありますが、最も大きな部分を占めるのは、”進路を決めるということが自分の人生の選択肢を狭めること“と信じていたことにあるように思います・・・。

例えば、仮に政治家になろうと思ってその道に進路を決めれば、俳優になる道はおそらくあきらめなければならないでしょう。(現実は、転身している人もいるようですが^^;) 後戻りできないという思いが、自分の可能性を小さくすることじゃないかという短絡的思考で云いようもない不安に襲われていたような気がします。

でも、社会人になって長い年月を過ごしている現在は、次のように考えることができます。

”選択肢を狭めているのではなく、逆に選択肢を増やしているのだと・・・!”

つまり、こういうことです。例えていうなら、小・中学校での“いじめ”による引きこもりの遠因が、子どもたちが当たり前のように学校へ通うことが唯一の選択肢と思い込んでいることにある、ことに近いんじゃないかと思うのです。

学校で失敗したら、もうこの世界に居場所はないと・・・。学校以外の選択肢などいくらでもあることを、大人はわかっていますが、子供たちは気がつかないと思うのです。

”成長していく”、”経験を積んでいく”というのは、自分の採り得る選択肢をむしろ増やしていくことだと思います。そうだとすれば、進路を決めることは、自分の可能性を伸ばすことと考えていいのではないでしょうか・・・。

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2008年5月12日 (月)

アドバイスを受ける側の覚悟

A会社で開催された「研究開発マネジメント」に関するセミナー(5回シリーズ)に興味があって、オブザーバーとして参加させてもらいました。

講師のS氏は、セミナーを主催したA会社の依頼を受けて、A会社の研究開発の問題を解決するコンサルタントとして招かれました。セミナーの受講生は、研究開発部門に属するA会社の社員の方々です。

S氏は、大手化学製品メーカーの研究開発部門で一貫して製品開発のプロジェクトに携わってきた実績を持ち、僕が聴講した印象としては、一つ一つの言葉にS氏の経験に裏打ちされた強い信念が感じられ、とても充実した内容でした。また、S氏の人柄がとても魅力的で、熱く、しあわせそうに自分の半生を語る姿には、心を動かされました。

セミナーの中でS氏は、「A会社が研究開発の成果を高めるために何が必要か」、A会社の現状をよく理解したうえ、受講生とコミュニケーションを図りながら、彼らに適切なアドバイスをしていきました。

でもその中で、少し気になった場面があり、印象に残りました。それは例えば次のような場面でした。

①S氏:「営業マンに同行して一緒に、商品を売りに行ったらどうですか・・・」
⇒受講生の反応は冴えません。”それは無理です”といった表情です。
②S氏:「皆さん自身が商品(非常に高額)を使ってみてはどうでしょう・・・買うのは無理かも知れませんが、使ってみて良さを実感してみてはいかがですか?・・・」
⇒やっぱり、受講生の反応は芳しくありません・・・。”それはもうやっている”、または”やっても仕方がない”といった表情に見えました。

僕が思ったのは、アドバイスを受ける側にも”覚悟”が必要ということです。
このセミナーはS氏にお金を払って来てもらっているのだろうけれど、それはともかく、真摯に発せられた相手のアドバイスに対しては、先ず「受け取る」気持ちが必要ではないでしょうか。アドバイスを受け取って、よく考えたうえで、結果それがどうしても実現不可能であれば、その経過を踏まえて改めてS氏に相談したらよいと思うのです。

受け取る側のモチベーション(心の準備)、と云ったらよいでしょうか・・・。その場で安易に反応してしまうと、大事なものを逃してしまうと思うのです。判断に時間がかかってもしっかり自分の選択をするべきではないでしょうか。

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2008年4月26日 (土)

”ウツ病”の正体は・・・

2年ほど前に大きな病気を経験しました。メンタルヘルスの障害です(ひらたくいうと”ウツ”です)。原因は自分自身でもよくわかりません。

いま、この病気を経験したことに、とても感謝しています。この病気の正体は何だったか?、この病気とは、”自分への問(と)い”でした。

当時、ソファーにもまともに座っていられません。しんどくて体を横たえます。苦しくなって起き上がります。その繰り返しです。そうやって、ノタ打ちまわっていました・・・。

当然、会社に出勤して仕事などできる状態じゃありません。お医者のアドバイスは、「入院したほうがいい。早くても3月、できれば6月ぐらいゆっくり休みなさい。でも東京出張できるまでには1年かかるよ(^^;)・・・」でした。これにはショックでした。気が付いたら、「なんとか2週間で治りませんか・・・」と詰め寄っていました。

強がりを云っても、思うように体のコントロールが利きません。焦るだけで全く気力が湧きません。こんな感情は生まれて初めてです・・・。もうダメかと思うと弱気になってきます。ウツの闘病記などを読むと何年も苦しんでいる人が大勢いることを知ります。崖っぷちに追い込まれた気持ちでした。

「ほんとうに、自分にとって大切なものは何か・・・」そう、自問しました。

問われると初めて考えます。考えると気が付きます。気が付くと、人生の”目的(vision)”が生成されます。目的がみえてくると、意識がまったく変わります。

僕の場合は、薬(パキシル)がうまく効いてくれて、約半年間で、ほぼ元の状態に回復できました。この病気のおかげで、少し大袈裟にいえば「人生観」が変わりました。

目的(vision)が確認できると、日々の行動(mission)が変わります。その行動の結果が情熱(passion)を生み出します。その情熱が目的を押し上げます。かくして「正」のスパイラルが回り始めます・・・。

学んだのは、”「自分に問うこと」の大切さ”、でした。それを教えてくれたのが、僕の経験したウツ病でした・・・。

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2008年4月 2日 (水)

研究開発の成功確率を高めるには・・・(その2)

いずれにしても、「課題解決策の優秀性」と「メンバーの納得性」の二つは、車の両輪のようなもので、組織と個が共有する”夢(Vision)という車”を走らせるために、同時にバランスよく回転させることが必要なようです。

では、具体的にどのように取り組めばよいのでしょうか。

次のようなアプローチを提案しています。

「メンバーの納得性」を高めるには、ファシリテーションの導入が有効だと思います。ファシリテーションは、グループのメンバーが持っているチカラを引き出し、質の高い合意をつくります。

「課題解決策の優秀性」を高めるには、TRIZ(トリーズと読みます=発明的課題解決理論)/USIT(ユーシットと読みます=統合的構造化発明思考法)に、特に強く可能性を感じています。これらは先人達の知識資産たる膨大な特許発明の解析を通じて、技術ジャンルを超えた共通の課題解決パターンを見出し、研究開発者に使いやすくしたツールです。既に手法としては確立されており、どのように採り入れるかという、導入フェイズに入っています。

ファシリテーション、TRIZ/USITの詳しいことは、それぞれのカテゴリをつくって説明していきます。

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2008年3月31日 (月)

研究開発の成功確率を高めるには・・・

僕の仕事は、社内の研究開発者から生まれる職務発明を発掘し、それを出願して権利化することです。

でも、自分自身はもう少し広く解釈していて、研究開発者の生産性を上げ、成果を高めることを通じて、皆が活きいきとやりがいをもって仕事をしてもらえるようにサポートすること、と考えています。それを実現するためのプロセスの一つが、発明の発掘・出願だと思っています。

この考えをもう少し掘り下げて作成した図を説明します。Takameru

研究開発の成功確率を高めるには、二つの要因があると思います。

それは、「課題解決策の優秀性」、「メンバーの納得性」、の二つです。

ここで、解決策が優秀でかつ納得性が高ければ、「成功確率:最大」、反対に解決策が劣り、納得性が低ければ「成功確率:最小」なのは、なるほど分かります。

では、解決策が優秀で納得性が低いのと、解決策が劣っていても納得性が高いのとでは、どちらが成功確率は高いのか? これは、後者なのだそうです。

このことは、チームでプロジェクトを進めている場において、メンバーの一人が提案した解決策がどんなに優れていたとしても、他のメンバーの意見を充分に聴かずに進めた場合、失敗し易いということを教えてくれています。(to be continued)

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2008年3月23日 (日)

改めて、「ジョハリの窓」を想う。

皆さん「ジョハリの窓」を知ってますか?

1995年にジョセフ・ラフト氏、ハリー・インガム氏が共同提案したもので、自身の「自己開示」と他人からの「フィードバック」により「開かれた窓」の領域を広げることが、すなわち”人の成長”であるという理論です。僕は共感しています。

自分の姿は鏡なしには見えないですよね。同じように自分の対人力は他人の目を通してしか見えません。他人の評価を気にし過ぎて”自分らしさ”が出せない、ということもよく聴かれますが、「自分の中の”価値”は、他人との間にある」という持論を持つ僕にとって、どうしても大きな存在です。

このツールの使い方(一例)を紹介します。

①自分のスキルを高めたいと意欲ある人に集まってもらいます(やらされはダメです)

②ロールプレーで、自分のスタイルでプレゼンしてもらいます。

③この人には退出してもらい、他の人が今のプレゼンについて感じたことをファシリテーターが引き出し、「いいところ」、「改善すべきところ」に分けてホワイトボード(以下、WB)に書き出していきます。⇒これが【フィードバック】

④退出していた本人に戻ってきてもらい、ファシリテーターからWBに書き留めたことを説明します。

⑤他の人のからでた質問を、改めてファシリテーターから問いかけ、本人に答えてもらいます。⇒これが【自己開示】

以上の手順で、本人と他の人とはいかに感じ方にギャップがあるか、に気づくことができ、コミュニケーションレベルを一つ上げることができるのではないでしょうか。

でも、本音を言われて、本人の「気づき」が、「傷つき」になってはいけませんので(^^)、ほどほどが大事です・・・。

Johari_2

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2008年2月21日 (木)

「自分らしさ」と「価値観」

自分らしさを考えるときに、どのような「価値観」を持つか、は大切なことだと思う。

では、自分の価値観とは...「好き・嫌い」、「得意・不得意」...そんなものしか出てこない。結局、自分の価値観は自分の中にあるのだろうが、それを定義するのは外の世界だ。つまり、世界と自分との相対関係の中で自分の価値観ができていくのを感じる。自分の頭の中で考えただけでは自分の中でしか通用しないので、他人の頭とつながるという感じを持たないと発展しない。とにかく考えたことを他人にぶつけてみることだと思う。その意味でネットワークが重要だ。

ネットワークの中に自分がいるという感覚をもって、誰かと話すことから始めないと自分と世界の間が離れていく気がする。

自分がただ「こう思っている」とか、「自分はこれができる」とかっていうのは外の世界に対しては無意味だろう。だから人と話すことから始めて、世界とつながっていくことが大事だと思う。

自分で集めた山のようなモノが、ゴミの山か、宝の山かは、自分が決めることではない。「意味」や「価値」は自分と相手(世界)との間にあるものなんだろう・・・。

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