”人生という登山”はふもとから1合目までが苦しい。~なぜ富士山に魅かれるんだろう?~
今朝、野球の練習前に、5KMのジョギングに息子を誘った。
朝飯食った後で、気の向かない顔をしていたが、「お父さんは行くけど、おまえはどうする?」と声をかけてやった。「行くか行かないか、おまえが決めろ」といったら、行くと云うので走りだした・・・。
2分程走ったところで、息子が「おれ、腹が痛い」と云い出したので、家に帰した。やらされは一番良くない、と思ったからだ。
「刺激(きっかけ)は、できるかぎり与えてやるが、それにどう自分がどう反応するか、選択はおまえ自身がしろ!」というのがうちの教育方針だ。
なぜ、やらされがいけないか、というと、”失敗したときに人のせいにするようになるから”、だ。”全ては自分が選択した結果だ”、ということを、息子に分からせたい・・・。
機会を与えてやるのは親として、できるだけのことはしてやりたい。でも、それを選ぶのは、自分自身だ。自分の人生を生きろ!
”主体性を発揮すること”
これが人生という登山を歩きはじめて一合目までの工程だと思うんだ・・・。
雪を被った山頂(いただき)は見えている・・・・。だけど、ふもとから1合目までが険しく、厳しいんだ・・・。
”主体性を発揮すること”
富士山は、僕が大好きな山なんだけれど、例えば富士山に魅了される人のココロに似ている、とも思うんだ。
ふもとは、うっそうとした”青木ケ原樹海”。そこに立ち入る者を寄せ付けない。だけど、険しく、苦しいそこを過ぎれば、登山道は拓けているんだ・・・。
息子が、自分の人生を生きてくれたら、ほんとうにうれしい。
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